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東京女子が雪ふるさとの移住女子になって、移住嫁になるまで その1

移住嫁のこと

 

 はじめまして。

「雪ふるさとの移住嫁」こと、ふくしまみかです。

私は2011年4月に、20数年育った東京を離れ、
国内でも有数の豪雪地・新潟県十日町市に移住しました。

親戚がいるわけでもなく、住んだこともなかった十日町に、
どうして私が移住したのか、
移住してから何を感じ生きてきたのか書き記したいと思います。

東京で働くことに疲れちゃったという方、
地方で暮らすことにぼんやりと興味がある方、
新しい生き方を探しているという方の、少しでも参考になれば幸いです。
 

東京育っちっ子、限界集落に出会う

 

2011年4月、私は東京から十日町市の池谷(いけたに)集落に移住しました。
新卒で入社し3年働いた会社を辞めて、
池谷集落で地域おこしがしたくて飛び込んできました。

池谷集落は、2004年10月23日の中越大震災で被災したことをきっかけに、
十日町市地域おこし実行委員会」という住民主体の組織が立ち上がり、
現在まで地域おこし活動をしています。
十日町市地域おこし実行委員会は、2012年4月にNPO法人化)

そんな池谷集落を、当時支援していたのが「ジェン」という国際協力NGOでした。
私は大学3年生の時、ジェンで1カ月インターンをさせていただきました。
そこで、池谷集落のことを知ります。

私は当時、「地方」や「田舎暮らし」とかまーったく興味のない人間でした。
しかし、ジェンの職員の方が、「とっても自然の綺麗な場所だよ!」
「お米もお水もおいしいし、村の人もとってもいいんだ!」と
池谷集落を絶賛していたのを聞いて、「なんか面白そうな場所だな…」と興味を持ちました。

そして、就職活動が落ち着いた大学4年生の春に、
ジェンが行うボランティアイベントに参加し、初めて池谷集落を訪れました。

 

池谷全景向かいの山からみた池谷集落

 

東京育ちの私にとって、とにかく衝撃の連続!!

 

見渡す限り緑の山!

70代前半なのにシャキシャキ動く村人!

おいしいご飯! お水! 日本酒!笑

 

3泊4日の日程でしたが、すべてが初めて見るもの、やること、知ることばかりで、

とにかく楽しいったらありゃしない。

村人との交流会では、すっかりおじいちゃんと意気投合して肩を組んで、

「お前!また来いよ!」と言われるほどに。

 

中越大震災以来、何百人というボランティアが訪れたことによって、

当時から池谷集落はヨソモノに非常にオープンでフレンドリーでした。

しかし、2007年当時、住民は6世帯13人。

ほとんどが70代以上の、いわゆる「限界集落」でした。

 

過疎高齢化、農業の後継者不足といった状況、消えゆく日本の原風景を見て、

都会育ちっ子の私の意識に何かが芽生えました。

 

「自分に何ができるかわからない。でも、池谷のために何かしたい」

 

そう思い、その後卒業するまでに夏冬と訪れて農作業や雪かきのお手伝いをしました。

そして、内定していた企業に就職。

次に池谷に訪れたのは、就職後1年半してからでした。

 

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初めて池谷集落でボランティア。用水路の掃除をお手伝い。(真ん中のオレンジパーカが私)
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村人やボランティアたちで記念撮影。

 

この集落、なんだかおもしろい!!

 

2008年にWEB求人広告の会社に入社し、営業と制作事務を経験しました。

就職してからはとにかく仕事に慣れることに精一杯で、あっという間に1年半が過ぎました。

ようやく仕事に慣れた頃、ふと池谷集落のことを思い出します。

 

「池谷集落は、今どんな感じになっているのかな…。」

 

気になった私は、またジェンのボランティアとして池谷集落を訪れることにしました。

 

 

2009年秋、久しぶりに訪れた池谷集落は色々と驚くべき進化を遂げていました。

まず、じいちゃんばあちゃんばかりだった池谷に、若い男性が加わっていました。

神奈川県からやってきた農業研修生のM山さんが、

ボランティアの拠点として改修された旧池谷分校に住んでいました。

 

M山さんは村の中にすっかり溶け込んでいて、村人から叱咤激励されながら米作りを学び、

夏には集落の盆踊りを30年ぶりに復活させるという大活躍をされていました。

 

さらに、空家だった一軒家の改修が進められていて、

翌年の2010年に地域おこし協力隊が移住することがほぼ決まっていました。

地域おこし協力隊候補者のT田さんは当時3人家族で、

奥さんと2歳の息子さんがいらっしゃいました。

(現在は子供が増え、5人家族になりました!)

 

6世帯13人の限界集落に若い人が住むなんて、また小さい子供を含む家族が移住してくるなんて、

移住がまだまだ珍しい当時では、本当に衝撃的なことでした。

 

「この集落はなんだか面白い! これからも、もっともっと面白くなりそうだ! その面白いことを見逃したくない!!」

 

とにかく面白いことが大好きな私の直感がそう叫びました(笑)。

考えた結果、私は月に1回池谷集落を訪れることにしました。

 

通うことにはしましたが、当初はまだ移住をしようとは考えてもいませんでした。

ではなぜ、移住するにいたったのか、その2に続きます!!

 

  続きです ↓

yukifurusatonoyome.hatenablog.com